今日は久しぶりに実家に帰ってきたのですが、その時久しぶりに自分が通っていた小学校の近くにあるお店に行ってきました。
そこはなんというか、まぁコンビニみたいなものなんですけど、どっかのフランチャイズというわけでなくて完全な個人経営の店。コンビニと駄菓子屋さんの中間みたいなイメージのところです。
まだ、コンビニなんていうのが無かった時代から子ども向けにクレープとか揚げ物を作って売ってるお店で、当時はなかなか斬新な感じだったのですがさすがにコンビニ全盛の現在では品揃え的にはかなり寂しい感じです。
でも、そこの前を通るといつも何人かは小学生や中学生が居て、今日も中学生ぐらいの男の子が数人店の中で話していましたし、小学校低学年ぐらいの女の子二人が買い物にやってきたり、その後高学年ぐらいの女の子二人組がやってきていました。
駄菓子も売っているので、子どもが50円とか100円ぐらいのお小遣い持って買い物にくるのにはぴったりなんです。低学年の女の子たちも財布の中身を見ながら、あとどれだけ、何を買えるか?というのを一生懸命考えながら買い物していました。
うちの子なんかは、家から歩いて行ける範囲にお店が無いもんだから、自分で買い物する経験が少ない、自分のお小遣いを自分で管理して使うというシーンがなかなか無いので、そういう意味ではこの子達に完全に負けてるなって思います。
中学生の男の子は、時折下りするめ(これ)を買って食べながら、また話をするといった感じで、もう入り浸ってるって感じです。
コンビニじゃ、こうはいかんよね。ということをお店のおばちゃんと話しながら、「このお店もおばちゃんで終わりやわ」と仰っていて、なんか無くなって行くのがもったいないなぁと思いました。
このお店に今来ている子どもたちは、大人になった時に懐かしく思うのだろう、でもその時にはもうこのお店はないんだろうなと思うと、やっぱり残念な気がしました。
最近は大きなショッピングモールなんかで屋台風の駄菓子売りコーナーを作っていることもありますが、そこにはこんな「おばちゃん」は居ないわけで…
ひさしぶりにちょっと真面目な話。
脱官僚、政治主導がモットーの現政権なわけですが、どっかの大臣が官僚に説明を求めたとかいうだけで”ブレてる”とか言い出すマスコミ。
お役所全体の仕事を大臣一人で出来れば元々役所なんていらないわけで、役所と政府が連携して方向付けを政府がしていくってのが”政治主導”とか”脱官僚”ってことなんじゃないの?
と、ちょっとマスコミに釣られてみました。
最近、毎日の様に報道されているダム建設中止の話。
地元住民の意見では、せっかくここまで準備したのになぜ中止なのか?最後までやってくれ的な意見が多い様に思う。
元々反対だったけれど、国とのやり取りの末覚悟を決めてダム建設を受け入れる決断をし、今度はそれを中止するというのはやりきれない気持ちもあるかもしれないけれど、感情論ではなくて本質で話をしなければならないと思うのは、自分が当事者じゃないからだろうか?
いずれにせよ、ここまでやったんだから最後までみたいなお役所と同じ論調での結論だけはやめるべきと思う。
衆議院議員選挙が終わって来週にも首班指名が行われるという中、自民党員は白票を投じるのか、麻生太郎の名前を書くのかでモメているみたい。
つーか、どういう投票行動しようが結果は分かっているのだから、どういう投票行動にするかは各自に任せて首班指名後のことを考えた方がいいと思うのだが、やっぱり政治家というのはそんなに暇なんだろうか。
まぁ、下野したからまともに暇になったんだろうけど…
三菱が出した電気自動車、これってかなり大きな意味あると思う。
プリウスとかインサイトとかハイブリッド車が注目されているけれど、これらはあくまでもワンポイントリリーフ。ガソリン積んで走ってる以上社会インフラまで変わることは無い。
どういうことかというと、結局のところ燃料を変える場合の一番のネックはそれを補給する場所。ガソリンスタンドなら至るところにあるから、ガソリンはどこでも補給できるけど電気はそういうわけにはいかない。
だったら、電気スタンド(?)を作ればいいのだが、それを必要とする車が走ってないことにはそれを増やそうという動きにはならない。ハイブリッドの場合、最悪ガソリンで大丈夫なわけだから、ガソリン以外の燃料を補給する場所を増やす動機付けにはならないんじゃないかと。
そういう意味で、電気でしか走らない電気自動車の本格的登場はそういった状況を変える可能性があるなぁと思う。
そして、電気以外の次世代燃料はちょっと焦らないとダメ。もし電気スタンドがある程度したら、新しく次世代燃料の補給スタンドを作ろうという動きはにぶるだろう、スタンドの経営側だってあれこれ投資したくないしね。
次世代の燃料が何になるか?それは、ガソリンスタンドが何に変わるかで決まる様な気がする。
今度、PTAの広報誌作成部会に参加することになり、今日は一回目の会合があったのですが、何かと制限が多いことに驚き!
やっぱり、平等とか公平ってことの意味を間違えてるように思う…
最近の新型インフルエンザ騒ぎで大阪府下の学校は軒並み休校になっているとか。
で、みんなおとなしく家に居るのか?というとそういうわけでもなくて、昨日出張で大阪へ出たけれど高校生のグループとか結構みかけた。
ニュースでも、カラオケ店に列をなす学生もいるとかで店側も困っているとかいう話なので、むしろ学校有りにして、学校に隔離する形にした方がいいんじゃないかと思う。
って、こんなこと書いたら問題なんだろうな…でも個人のブログだし誰も見てないから書く。
ニュースで何度も報じられている通り、大阪・兵庫方面で新型インフルエンザの感染者がたくさんでてきているとのこと。
私たちが住んでいる奈良も地域的には近いので、さっそく小学校からのメールと担任の先生から各家庭への電話連絡で体調が悪い場合は休ませるようにとの連絡がありました。
そもそも、うちはメールで連絡をもらっているので先生から電話連絡を頂く必要は無いのだけれど、要は
・メールサービスは全員が利用しているわけではない。
・利用していても読んでいるかどうかはわからない。
から結局電話で全家庭への連絡が必要になるということ。
だったら、メールシステム意味ないじゃん!?
意味が無いは言い過ぎなのはわかっていて、少なくとも読んでいる人にはいち早く情報が伝わるという意味ではもちろん有用なのだけれど、なにかしらスッキリしない感があるのは事実。
メールだと上述の様な問題があるし、電話だと必ずしもかけた時点で出られるとは限らないという問題もある。結局のところ、これだけ技術が進歩し通信インフラが整った現代でも、情報を伝えたい人全員に確実に情報を伝えるということはできないということなんだなと改めて思います。
もし、情報を伝えたい人全員に確実に且つリアルタイムに情報を伝えることができる仕組みを考えたら、ノーベル賞もんなんだろうなぁ…
今日も草彅剛事件のネタばかり。
□鳩山総務相が”最低な人間”発言を撤回&謝罪
→どうやら、酒に酔って世界中の記者の前で全裸以上の醜態を晒した大臣が居たことを思い出したらしい。
□CMの作成しなおしなど、2億5千万相当の経済的損失
→逆に言えば、2億5千万相当の需要創出とも言えると思うが。
いずれにせよ、損失を作り出したのは本人じゃなくて、これだけの事で大騒ぎしたマスコミと鳩山総務相。
公園で大騒ぎしたやつは悪いかもしれないが、公共の電波を使って大騒ぎするマスコミはもっと悪い。
こんな記事がありました。
月に初めての卒業式を迎える田辺市学園の県立田辺中学校(浜野公二校長)は、個人情報保護法などを理由に、会場での保護者らによるカメラやビデオ撮影を事実上禁止する方針を立てている。すでに入学式でも実施しているが、保護者から「子どもの成長を記録に残したい。撮影をさせてほしい」などの声が上がっている。県教委は「学校が決めた事柄で、県教委が良い悪いは言えない。良識の範囲内の撮影なら法律には抵触しないだろう」と話している。
アホですか?写真とビデオ撮影を禁止して何が保護されるというだろうか?
なんでもかんでも禁止しとけば、とりあえず責任は免れると思っているのだろうか…